2002年1月 一晩だけのトイ・ストア
前の夫の阿恵が破産した。彼は中国製のプラスティックのおもちゃを扱う小さな貿易会社をやっていた。香港でのプラスティック製おもちゃの輸出のピークはほぼ30年も前のこと。彼だってもちろんそんなこと分かっていたけど、安っぽいおもちゃに対するある種の強い郷愁をどうしても捨てられなかったのだ。
彼は未だに子供時代のおもちゃを古い黄色のプラスティック製ランチボックスに入れて保管している。そのほとんどが部分的に欠けたり色褪せたりしているのだが、彼には捨てるなんて思いもよらないようだ。まだ私達に愛があった頃、彼はひとつひとつのおもちゃにまつわる思い出をよく話してくれた。
その中のひとつ、笑っている小さな赤いクマの人形は、彼にいつもおばあちゃんのことを思い出させる。
おばあちゃんはそのクマを買ってあげるかわりに、彼に歯医者に行く約束をさせたのだ。当時、そのクマのマンガが毎朝テレビで放送され、子供たちにとても人気があった。
彼の妹は、彼がクマの人形を持っているのを見ると、ひどいやきもちを焼いて、人形をおもいっきり壁に投げつけた。運良く、クマは右耳の負傷だけで済み、今も例のランチボックスの真中に静かに座っている。
昨日、阿恵が箱一杯、売り切れなかったおもちゃをくれた。私はプラスティックのおもちゃに特別な想い入れがないので、ミラノのために幾つか適当に拾うと、残りを全部、阿鈴にやった。彼女は小さな人形達をバーカウンターに沿って一列に並べた。それを見て初めて私達は気がついたのだ。50体か60体はある、その人形たちがすべて違う種類だということに。面白い光景だった。不思議なことに、人形達は皆、生きて魂を持っているように見えた。阿鈴は自分の真新しいデジタルカメラでその写真を撮った。
一日の終わりには、人形は店から全部無くなっていた。何故か、その日ここに来たどのお客さんも、人形を家にひとつ持って帰りたがったのだ。私はあるお客さんにきいてみた。
「お子さんに?」
「まさか!」笑いながら彼は言った。
「会社の自分のデスクの上に置くんです。誰か話し相手が欲しいんですよ、絶対に僕に口答えしない相手がね!」
なるほど!どうやら阿恵は大きなビジネスチャンスを逃したようだ。

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